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「戦後」から「災後」へ

3・11を境に「戦後」は終わり、「災後」がはじまる。

こんな惨劇を誰が予想できたであろうか。

厳密にいうと、いまは「災後」ではなく、「災中」である。

被災地では、大量の瓦礫の山。
壊滅的な被害を受けた沿岸部では、生活のめどがたたず、多くの人が今後の暮らしに不安を持っている。

福島第一原発では、事態は終息に向かうかどうかは予断を許さず、被爆と隣り合わせの危険な作業が続いている。
原発から20-30km圏内の人は、自主避難という政府の無責任な対応に、日々不安を膨らませながら今尚、暮らしている。

さらに放射能漏れによる、風評被害で野菜の価格は暴落した。
首都圏では、市販の水が消え、世界的な日本食品の輸入禁止措置がとられている。

電力不足による計画停電により、経営が厳しい会社が出始めていると聞く。
東北地方の工場の再開にも時間がかかり、全国に影響が及び始めている。

我々の暮らしとは、なんともろいものだろうかと、今回の災害で改めて感じた。

今回の災害で、政治、経済、我々の生活を考え直す必要があるということを、誰もが感じていることだと思う。

日本には戦後の焼け野原から復興する力があった。

今だから言えることだが、「戦後」があったから今の日本があるのだ。

テレビに映る被災地の方からは、絶対に復興するという強い意思を感じる。

そう遠くない将来、「災後」があったから今の日本があると言えるようになりたいものだと思う。